2018年4月 8日 (日)

自然栽培・・・

吹雪の朝。

思い立ってカメラを用意すると突然やんで、太陽が現れた。

春の光は強く、瞬く間に雪は溶けていく。

 

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それにしても、初夏のような日が続いたあとにまだこのような日がやってくる。

昨日近所の果樹農家が話していた。

今年は怖いな、ちょっとした霜で全滅、とか・・・。

 

こうした自然と向き合い、対応することで成果を上げることがいかに困難かを思う。

そこで考えるのは「自然栽培」というものがだいぶ世に認知されるようになってきたこと。

だが、本当にこの世の中でその本質はくみ取られているのだろうか。

無農薬、無肥料栽培をうたっている。

その魅力的なフレーズは独り歩きしているところもある。

単にブームで終わらなければいいのだが・・・。

 

近頃は無農薬無肥料栽培に特化した農産物を手掛けるという会社やお店が増えてきたようだ。

そのことは実際その方法で生産できている農家が増えているという証でもあるだろう。

そこは素直にすごいことだと思う。

 

屋号のせいだと思うが、僕のところに引合いがくることもある。

その場合はこう言う。

無農薬ですが、肥料を否定していないので相応しくないです・・・

 

 

まず、ぴんと来ないのが無肥料栽培という言葉である。

作物の生育は肥料分によるのではないのかなと思う。自然の有機肥料分で育っているのでは・・・だとすると無施肥栽培といった方がいいのでは・・・うーんまてよ、農薬も肥料も持たずに栽培するという意味ならおかしくはないのかな・・・

まあ、それはいいが、無肥料であることに拘ることは、僕の場合はこれからもないだろうと思っている。

 

 

 

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仕込んであった発酵肥料(ぼかし肥)が完成し袋に移した。効き目のある肥料であってくれたら、と願いながら。

作付け量に比較すれば僅かな量だ。肥料設計などはすることもないが、知力不足による生育不良と感じれば補いとして施すようにする。

圃場周辺や地域で循環する米ぬか、山土,おから、木灰が原料である。

望む作物の生育に対し、作付け場所の有機肥料分が不足していれば補うための肥料、それを否定する発想はない。

 

実際のところ、自分の栽培以外のことはよくわからない。

就農当初よく言われた、「農薬なしで野菜なんて作れるか!」みたいに「肥料なしで野菜なんて作れるか!」なんて僕がいうわけはない。

土と作物、陽光、水、それだけで育つのだともいう。土の有機肥料分は問題ではないそうだ。

「自然栽培」はかなり奥が深く魅力ある栽培法だろうという想像はできる。

だけど、僕には大事にしたい蓄積がある。

「自然農」から始めて、ひたすらに、たくましく健康で美味しい野菜をめざし、有機物と農業経験を蓄積してきた。

今、カテゴライズするなら、僕のそれは有機栽培なのだろう。

畑の作物、生き物、自分の心と体、他人の心と体、食べて循環する人や生き物、過去、現在、未来・・・ 健康をベースにした有機的な循環であったらと思う。

「自然栽培」ではないが自然と一体でありたい。

 

 

自然栽培は遠巻きに見ていよう。

自分の感性に合う、健康で美味しい作物を育てることだけを考えて、畑に向き合おうと思う。 

 

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2018年3月23日 (金)

やればできる

 

東京から田舎に移住して、生活は一変し、思い描いたように百姓になり、身の回りのことをできるだけやろうと思っている。

1つまた1つとやるべきことが現れ、それを何とかこなせばそれが”できること”になる。

 

都会の暮らしには農機類やチェーンソー、自家用車も不要だった。

それが田舎の暮らしは、そこは描いたイメージとは少し違った・・・結局のところそういう時代だからだが・・・そうした”機械”に支えられて成り立っている。都会とは別の意味で機械頼みの暮らし。

それらが今の生活では手足のような必需品となっている。

 

それなのに・・・僕は当初から「機械いじりは」苦手と言っていた。修理にはあまり手を出さなかった。まったくやらないことはなかったが、ちょっと入り組んでくるとや~めた、と投げてしまった。

今にして思えば、理系な感じが嫌だったのだと思う。

自然の中で大きな気持ちで暮らしたいのに、なんか面倒くさい、そういうことは修理屋さんに頼んでしまえばいい、と思っていた。

予測をしても覆されるような対自然との関わりに、自分の中で大らかさのようなものがどんどん備わってきた裏で、社会生活に必要な緻密さや繊細さを失っているのは自覚していたが、それを肯定してきた。そんな風に望んで移住したのだ、という気持ちがあった。

 

だけど嬉しいことに僕は変わる。

なにか辻褄が合わなくなってきていて釈然としないものを感じていた。

そんな昨年、軽トラの車検で20万円超の見積もりといわれて考えたのだ。

これはもっと関わらなければいけない・・・知識を得ないといけない、そしてもっと大事にしなくてはいけなかった・・・。

 

それまで年2回のタイヤ交換以外ほぼ何もしていなかった。荷台から草や野菜が生えてこようが洗車1つしなかった。

自分の個性の1つとしていたそんなところにメスをいれたくなった。

 

オイル交換をする。さび落としをして、すこし下回りを洗ってみる。

心も洗われる気がする。

 

調子の悪い管理機やチェーンソーも自分でやってみる。

バラシてキャブ洗浄まで、ほとんどやったことのない工程であり、不注意人間の僕はちょっとしたうっかりミスが頻発する。小さな部品を落として、それを探すだけで数十分・・・とか。

簡単にはいかない。一度締めたねじをまたはずして最初からやり直してみる・・・そんな繰り返しである。

だけどやっているうちにわかってきた。

しっかりと場所や道具の準備をして、構造の知識を得て、マニュアルに沿い順番通り、1つ1つ丁寧に進めていけば、実は確実に行きつけるのだ。誰でも。

慣れてないと時間を馬鹿みたいに取られたりするが、やればできる・・・やろうとしているうちにできるようになる。そうなれば面白くもなってくる。

ズバリ”機械いじり”の面白さとは、裏切らないところ、だろうか。

面倒くさそうでも投げ出さず、腰を据えて一歩ずつ進んでいけば必ず見えてくる。

 

自然と対峙し、受動的な対応力を身に着け、そこに醍醐味を見出してきた僕だが、こうした新境地に触れ、人生の楽しみを増やしていけるならそれは嬉しいことでもある。

 

結局、ありがちな表現だが、人生の可能性の大きさは自分次第ってことなのだろう。

 

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2018年3月21日 (水)

春分の日が

大雪というのは

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ハイこれで切り替わりまーす!

という感じ。 

2018年3月20日 (火)

雑草のように育った野菜をめざして

 

ホウレンソウと雑草。

 

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心地よさそうに見える瞬間は確かにあるけど、猛スピードであっという間に追いつき追い越してしまう雑草という名の僕の意識の中の部外者から、大事な作物守ってあげなきゃ、と思う。 

 

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雑草のように育った野菜が食べたくて探していました!

僕を探しあてた感動を伝えてくださった方がいた。僕の方が感動した・・・そんな、オレごときが。だけど応えたいな!

 

たしかに僕は栽培において雑草となるべく共存させようとしている。雑草のように強く!との願いを込めている。

だけど最近思うのは、雑草のように・・・にしてはやっぱり構いすぎてしまうんだなぁ、ということ。

雑草というのは名のごとく人に構われないで勝手に育つ。だからこそ、淘汰が当たり前に繰り返される自然界を生き延びようとするたくましさが、それぞれに備わっているような気がする。

そのことをひとことでいえば、せん相田みつおだ。にんげんだもの・・・だ。

 

やはり人間は人間。

人間より動物の方が好きだ!と本気でよく思うが、人が犬猫鶏みたいに生きなければいけないなんてことは当然なく、人間として持って生まれた能力をいかし、人間らしく楽しんで生きることで人生の意味は見いだせるものなのだと思う。人間らしさというのは難しいが、動物的な本能を満たす以上の喜びを感じられる特性・・・だろうか。

だけど、そんな特性に基づいて進む道は先細りで、結局土台がなければ進めないものだと気づく。

喜びは”健康”というものの上にのっているから感じられるものだと・・・。

 

 

この時代の”健康ブーム”は必然というか、きっと当然の成り行きなのだろう。

そして僕はその健康に携わりたい。そう的は絞れている。

なにも大それたことではない。自分、自分の家族、手の届く範囲の人、飼ってる鶏、栽培する野菜・・・それらの健康のサポートができるなら、それだけで僕のこの小さな農業にだって大きな意味がある。

にんげんだものといわないで、いかに構わぬふりで、強さたくましさあふれる作物を提供できるか。

にんげんだけど、にんげんだから、にんげんのやりかたで、健康を取り戻してみようじゃあーりませんか。

僕はその駒の1つでいたい。 

 

2018年3月18日 (日)

夢が叶うまで

何をしていてもときめきを感じられる。

ウキウキ感がどこからかやってくる。それは春が近づいたサイン

そんな心身の反応、きっと僕とえつおさんばかりではないだろう。

春は自然に生きる生物すべての希望の時だろうか・・・。

 

毎年毎年繰り返される自然の摂理。

しらばっくれた僕のそれには、じつは膨らんで膨らんではち切れそうな夢の蕾が内包している。

32年も前に抱いたささやかな秘かな夢。3年で叶うと思っていた・・・。蕾のままで今に至るまでの負のスパイラル、屈辱のトンネルがそれをとてつもなく強固なものにしてくれた。だから余計に、なのか夢の蕾はなかなか開かないが、叶ったらきっと起こるだろう状況のイメージに、僕はずっと支えられてきた。

だけど、夢はいつかきっと叶うもの・・・だろうか。夢半ばで潰える、それも人生なんだな、と最近は思うようにもなった。

 

よい例えが浮かんだ。

彼女の誕生日、山のようなバラの花束をプレゼントする・・・それはサプライズ。

プレゼントの用意はない、どころか誕生日を忘れているかのような振る舞いが彼女を失望させている。

宅配便で届く手はずだ。黙っていよう。溜めて溜めてその先に、きっと大きなよろこびが生まれるだろう。

だが指定の時刻を過ぎてもまだ来ない、いつ来るかいつ来るか、でも来るのは確実なんだ・・・いや、もしかしたら何かの手違いで・・・ そうだ確実ということはないんだ。

 

でも信じたい。もう間もなく”その時”がやって来ることを。 

その時を夢見て生きよう。

 

春はいいなぁ。

春があるから生きていけるんだな。

 

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小学校卒業の娘が担任の先生に頂いた色紙の言葉にじーん

2018年3月 2日 (金)

卵に頼む

 

 今年は春が早いかしれねえなぃ

 そんな気がしますねぇ

 急に動かされちゃ身体ついてかねえわぃ

 この冬は寒かったですからねぇ

 まあボチボチやるだで

 そうですね

と散歩中の近所の兼業農家の方とオッサン同士の会話。

・・・

もう3月。

お彼岸までの3週間でやるべきことを列挙してみたら手帳1ページに書ききれないほどになった。

とはいえ、あれもこれもと思ってしまうとうまくいかないので、1日1日的を絞った仕事をしよう、というのが今年の目標である。

 

そしてまずは毎日健康でいられること。それがクリアすべき最初の関門。 

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6羽の卵。 

オムレツにして頂いた。

 

彼女たちと同じように、元気に自然にたくさん動けたらいいなぁ。

 

2018年2月22日 (木)

卵の評価

寒中の卵、食べていただき・・・

すごくおいしかった!美しかった!驚いた!感動した!と嬉しい感想が寄せられた。

野菜を褒められた時より嬉しい。

 

鶏を飼うようになってから、野菜の皮を剥くようになった。

厚めに剥き、そして彼女たちが食べられる大きさに刻む。

栄養価の最も高いといわれる辺りは人ではなく鶏に回る。喜んで食べてくれる。

料理に充てる時間は相当増えたが、なんてことはない。

 

僕が思いつく限りの健康的な生活をしてほしいと思って、そんな環境づくりを心掛けている。

そして今は理想的と思うぐらい、皆健康で元気に育ってくれた。

 

こんな鶏が生んだ卵がよい卵でないはずはないと信じているので、卵を評価してくださった方は僕の感覚を肯定してくださったのであり、”良さ”を共有できたという思いでもある。

 

野菜は自然の天候等に委ねている部分が大きいため少し複雑であり、伝えなければならない状況があったりするが、卵には、もうそこにすべてが詰まっている感じ。

 

 

 

だから年に1度かもしれないですが、卵を通じたキャッチボールがとても幸せでした。

感想の連絡くださった方ありがとうございました。

 

来冬はもう産まなくなるのかな・・・

どうなんだろう、そうなってからも僕は自分や妻子より優先して鶏の健康を願って料理し続けるのだろうか??

 

2018年2月16日 (金)

ビフォーアフター

 

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2018年2月14日 (水)

214の日

どう見ても寒さが苦手だけど、我慢して生きている面々。

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今日は”にぼしの日”らしいので、大好物、いつもの倍あげた。

昨日までと打って変わって暖かかったし、幸せが少し多い日でしょうかね。 

2018年2月 6日 (火)

春の兆し

巻いた白菜がすっかりなくなってしまい、200個ぐらいは採ってある自家用の未結球ものが”旬のといえないセットの1品目。

今日この未結球白菜が春を感じさせてくれました。

真ん中が黄色く伸び、とう立ちの始まりです。

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段ボールに小分けして詰めてあるものですが、ちゃんと生きていて季節を感じているんですよね。

最近、ほんの2,3日前に食べたとき、そういえば若干苦みを感じましたが、見た目変わった感じはしなかった。

それが、暦の立春を合図のように暗い段ボール箱の中で急に立ち上がってきたんです。

すごいなぁ。自然界底知れないや。

 

ふと思うんですけど、人間のメンタルがもっと強ければもっと享受できるんじゃないですかねぇ自然を、死を恐れ過ぎなければ。

それはまあ、いいや。

 

今年はちゃんと立ちますよ僕も。

ちゃんと立て、ちゃんと歩け、ちゃんと喋れ・・・どれだけ言われてきたことか。

でも地に這ってずーーと見てました、自然と人間。

寒い寒い冬ですが、わくわく感が湧いてきてます。

2018年2月 4日 (日)

熱量に触れる

小諸市で開催の野口種苗、野口氏&自然栽培農家、関野氏の講演にでかける。

これ、県が共催の行事とのこと。

それを聞いて思い出したのは、ちょうど15年前、まだ前職の林業をしていた頃、就農相談で県内の役所巡りをしていて、さんざん浴びせられたのは「無農薬なんてはっきり言って無理だから・・・」とかそういう類の言葉ばかりだった、ということ。・・・時代は確かに変わってきたんだな。

 

さて講演会。ほぼ1日がかりの講演拝聴というは初めての経験。

でも実は、事前になんとなく内容のイメージはできたし、なにか目新しい発見を・・・という気持ちはなかった。

どんな講演や書物より、農業技術やいろんな知恵に関しては、近所のおじちゃんおばちゃん宅の植木剪定の仕事の合間に学ぶことのほうが、遥かに多いだろうというのが経験上の認識である。つい先日も大根の貯蔵法について目から鱗の知恵をいただいたところ・・・。

目的はただ、人前で何時間も語れる思いを持つ人の熱量に触れることだった。

 

それは現時点で僕には欠けているもの。

夢や野望をもたず、待っていても絶えずそこに現れる仕事1つ1つをコツコツと淡々とこなすことを良しとする百姓の暮らし。

そして意識することは、僕は鶏以上でも以下でもなく、同じようにただ今を生きられたらいい、ということ。

そこに劣等感などはもちろんないが、いつしかどこか不足感、寂寥感が生じていたのは寒すぎる冬のせいか、加齢のせいか・・・。いろいろあるけれど、ともかく心を灯して前へ、熱く明るく! は人生大事なことだよな、と改めて感じる今日は立春だった。

 

 

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2018年1月16日 (火)

滋養強壮に

スズ、ヒメ、ピヨ、プク、チビ、ころ。

たくましく育ってくれました。 

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1歳9か月、人間でいえば、う~ん・・・30歳ぐらいになるんですかねぇ。

この冬の寒さでもまだしっかり卵を産んでくれます。

 

さて、今年も少しづつになってしまいますが、卵入れてみたいと思います。できれば定期でとってくださっている全員の方に。

この時期に産まれる”寒中の卵”は滋養強壮効果upらしく、かつては大変価値の高いものだったそうです。

 

朝イチに鶏舎を飛び出し、それから日没の頃に自分で帰るまでの間、急傾斜地の草村のような庭と続きの畑で自由に遊んだり何か啄んだりして過ごしています。

市販の配合飼料は一切与えず、エサとして与えているのはは玄米、小麦、大豆、煮干し、米ぬか、牡蠣殻、蕎麦やパスタ、うちの野菜と笹の葉。水道水も飲ませてません。

生活全般、僕より間違いなく断然健康です。

ご賞味いただけたらと思います。

それぞれ個性が強く、大きさ、形、色などバラバラですが。 

 

2018年1月14日 (日)

あけましておめでとうございます

遅いご挨拶になりました。 

変わらず百姓生活に勤しんでいます。

とても寒い冬になっていますね。

このところ蒔づくり等、身体の温まるガテン系(死語?)が主な作業です。

 

動き方のコツ。

ゆっくり動く

張り切らない

汗をかかないように

動きは止めない

一歩先を考えて動く

そんな感じで・・・。

 

だいぶ掴みました。

まあ、

よく言えば年の功。

悪く言えば年食った。

ということでしょう。

 

では、今年もよろしくお願いします。

2017年12月29日 (金)

仕事納め

今日が今年最後の野菜発送日。

貯蔵してある野菜と収穫する野菜、そして年末4点セット。

葉物の収穫は凍みの緩んだ頃と思い午後にしたが、まったく溶けていなくて焦った。結局スコップでなんとか削り取った。この3日ほど最高気温が0度前後と真冬の寒さになっている。

この時期の収穫は前日にしなければ間に合わないかも、と思いながら昨日は昨日の予定が目いっぱいでできなかった。

ともかく出荷を無事終えてひと段落ではあるが、明日は半日で最後の”こうじいらず”の脱穀を終わらせ正月予定の夜なべ選別作業に間に合わせなければいけない。夕方かみさんの実家に向かい大晦日は義父の形見の松と庭木の剪定を仕上げる。

正月中にも植木の仕事が入っていて5日が出荷再開。

白菜の取り込みはさすがにこのタイミングで終わらせなければならないし早く畑、小屋、道具類の片づけ整理整備もしたい・・・。

結局百姓の仕事は無限で追われる。

  

しかし、こんな忙しさ自慢、きっと不快に思う方がおられるだろう。

今年この忙しさの中で大きなミスを何度したか・・・ご迷惑おかけしたことか・・・。

本当に申し訳ありません。

 

無論ミスの言い訳のつもりではなく・・・

今後作業効率を上げるために改善すべき点をいくつか考えている。

詰めていき結果につなげたいと思っている。だが一方で、元々目指すところが”百姓”という生活である以上、忙しさから離れることはないのだろう、とも思う。

 

百姓には仕事納めという日がない。仕事はエンドレスで続いていく。日々を精進して重ねて1つ1つのことをしっかりこなせるように歩んでいくだけなのかもしれない。そのうち少しでもましな百姓になっていることを願って・・・。

 

 

なので、本当はカウントダウンとかゆく年くる年とかそんな感傷にはまったく縁がないのですが、メッセージカードの”良いお年をお迎えください”、皆さまにとって良いお年であったらいいなぁ、という思いは嘘ではないです。

今年はお世話になりました。ありがとうございました。

 

ブログ読んでくださった方ありがとうございます。

皆さまよいお年を。 

 

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2017年12月19日 (火)

神の白菜(未結球)

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自然美です。

このまま枯れゆく様を愛でるのもいいが、やはり畑の”食品ロス”を最小限に留めたい欲が出る。

というより、この未結球神白菜ざっと200以上あるが、全部採っても自家用鶏用に毎日回すには足りない。

細々と大事に大事に春まで食いつないでいかなくては。

 

味は力強くおいしい。

これを送ろうとしてるのか、と思われた方もいるでしょうか・・・いえいえこれは門外不出、外に出るのは半結球までです。

 

 

寒い冬の始まりになってます。 

 

寒中のような寒さだ、と今日あった人が言っていたが本当にそんな気がする。

収穫遅れて凍みてしまった大根を干してみた。

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結構戻った。さすが神の大根・・・

なんでも神をつけてしまう。だって神だから、なんのことはない流行に乗ってしまったのだ。

 

寒いけれど日は伸びました。

 

いやぁ、日が伸びてきたねぇ、と馬鹿みたいに繰り返している。

結構スルーする人が多いのでほんとに馬鹿みたいだ。

あとで笑われているのかもしれない。

 

さて、今日が最後の発送の方が多くいました。

4点セット、間に合いました!

喜んでいただけるかな・・・。

来年もよろしくお願いいたします。

 

年末年始の予定を少し・・・

最後の発送日は29日金曜日です。

1月2日火曜は休みで5日金曜に再開予定。

おなじみ(?)旬の(といえない)セット、1月はとりあえず続けます。

 

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2017年12月17日 (日)

一筋の光明

このところの寒さで畑の土は凍り収穫は困難を極める。

人参を取り込むため収穫を始めるもあまりできず、もう来春まで無理かもしれない。

藁で分厚く覆っていた大根は凍みあがってしまった。

寒冷紗2枚がけでも葉物野菜は日に日に枯れてゆく。

年明けまで土が掘れたし野菜の傷みもさほどではなかった昨年と大きく違う。

昨年を参考に予定を立てそして祈ったが、自然に通じるようなものではなく・・・ わかっていること。

 

この時期の出荷作業はなかなか・・・枯葉を除く、そして小さくなった野菜をある重量まで揃えるのには時間がかかる。日が短いから闇に追られ焦る、手がかじかむ・・・そんな中でもただ1ついつも希望だけは失わずにみている。そしてギブアップを踏みとどまれる。

すこしでも、この野菜が食べる人の健康に寄与できるものであるから・・・

過去~現在、実例をもって伝えてくれた人たちの存在が僕のかすかな自信を繋いでくれた。

ハウスで育つきれいな野菜ではなく、ぎりぎりの寒さの中で耐えている野菜だからきっと強い。

見た目のみすぼらしさに卑下したくなる自分を戒め感謝と自信をもって発送する。

ぎりぎりのところからプラスに転化する瞬間というものがある。

・・・

鼻水を垂らしながら見た明るい夕日、僅かだが確かに日が伸びてきた。

それは春へ向かう一筋の光明。

 

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2017年12月15日 (金)

豆仕事急ぐ 4点セット

12月も後半に入り一気に寒くなりました。

年内必須の庭仕事は残り5軒となり先が見えてきました。

畑の方は野菜を寒冷紗や藁で覆い、あとはせめて年内何とか生き延びてくれと祈るだけです。

3種類の大豆の脱穀もようやく目途がついてきて、夜なべの選別作業も急ピッチで進めています。

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さて年末といえば、皆さまお楽しみの(?)3点セット「黄な粉黒豆干し柿」、今年もなんとか間に合わせたいと思っています。

いや、今年は4点セット!良いもの入ります。お楽しみに・・・よし、これで後に引けなくなった、頑張ろう!!

 

2017年12月 6日 (水)

 

12月に入りました。今年も最終コーナーを回って最後の直線です。鞭をビシビシ叩いています。

畑の方は連日の霜で、野菜が甘みを増す・・・という段階から霜枯れの時期になりました。

”神の白菜”もだいぶ枯れてきました。

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まあしかし、自然に則ってるのが神なのでこれでいいのです。

・・・

とはいかないので

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不織布で頭を守るように覆いました。

さあこれで彼らは人間に守られた白菜ですね。

 

大根も年内出荷用を残して取り込んで土室に埋けました。

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良いお年をーとか言いながら蓋をして来春までの無事を祈ります。

・・・

さて、この時期は庭師になります。

有難いことに結構引き合いがくるので、出荷のある日を除いてほぼ毎日庭木の手入れの仕事です。

以前はなんとなく、反自然の行為だよなぁ、というもやもや感を若干抱えながらやっていたのですが、人間が守り育てる自然も良いものだなぁと思いながら、庭回りを楽しんでいます。この仕事は11年目です。

庭によって、木によって、同じようでも1つとして全く同じものなどないのです。当たり前のことですが・・。飽きっぽい僕が飽きないのはそのせいかなと思ったりもします。これは農業も同じことです。

自然と向き合って関わることを仕事にしながら暮らせるって幸せなことだと思います。

そんな暮らしを望んで移住してきたわけなので願ったりかなったりでした。現状に感謝し足元の、目の前のことを精いっぱいやっていこうと思います。 

鞭の痛さも快感と思って。

2017年11月17日 (金)

白菜鍋

白菜の外側の葉を刻んで鶏に。

これ大好物なのだ。食いつきが違う。

花金花金と意味は全然ないが思いついたのでそういいながら鋏み続けた。

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昨日宅配のお客様より「思わずかけてしまった・・・」と電話をいただき、とにかく白菜がめちゃめちゃうまいとおっしゃっていた。そうだろうなとは思っていたものの、すべて出荷に回っていて実はまだ食べていなかったので無性に食べたくなり出荷の際1個余分に採ってきた・・・。

そして僕の花金、白菜と豆腐の鍋with純米酒。

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・・・思わず書き始めてしまったブログだがうまくまとまらない。

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2017年11月15日 (水)

畑の様子

晩秋の11月中旬、まだ保温資材なしでも寒さが野菜にとってストレスでなくスパイスになっている。

だけどもう最後ぐらいだろうな、こんなにキラキラ輝く葉が見られるのも・・・

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一般的なこのあたりの農家はいいところで採りきって、きれいに耕して畑終了という流れだが僕はそうではない。セット野菜(クライマックスシリーズ)を続けられるように少しづつ採る。

 

すこしでも保ちたいと思う、美しさそして美味しさを。

これから一段上の寒波がやってくるから寒冷紗や不織布で覆いをするが、しっかり守れるか・・・

冬将軍vs寒冷紗弁慶。 

2017年10月31日 (火)

クライマックス

今朝は予想通りの冷え込みだった。はっきりと霜が降りたのは今年初めて。

10月最後の日、夏野菜終了、夏草の多くも枯れて、いよいよ秋冬野菜が圧倒的な存在感を見せる。畑の様子が一気に様変わりする初霜の日。

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グリーンロードオブキャロット、せめぎあっていた草々は引退。「これからはフォローに回るよ」と。

毎日戦ってきた戦場は平安の地に。収穫までの余生、悠々と存分に生きて(太って)ください・・・。

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小松菜収穫。見た感じ触った感触が昨日までと違ってる。しっとりと柔らかい感じ。

霜に当たると美味しくなるといわれる。経験上それは間違いない。

 

 

さて、 

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9分結球の”神の白菜”。

収穫間近の初霜はベストタイミングだった。

 

この白菜の価値をいうならば、「無農薬無施肥不耕起自然栽培によって生命力豊かに育った健康に寄与する白菜」であるが、僕が重きを置いていない価値観である形、大きさ、そして虫食い穴がない!という部分を兼ね備えていて、え~さらにいえば美味しさは間違いなく唯一無二!

美味しさは僕がもっとも重要と思うポイントです。

さあさあ本年残り2か月、美味しいセット「クライマックスシリーズ」開幕です!

2017年10月29日 (日)

自然体

外は台風の影響による激しい雨。

この時期に2週連続とは・・・。

 

先週、ここでも猛烈な台風の影響を受けた。

瞬間風速30数メートル・・・この辺りでは観測史上最大値だったらしく、庭の大木が倒れ周辺の山の木々もなぎ倒され電気が止まった。

 

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まあしかしニュースを見れば台風は各所でもっともっと大きな被害をもたらしている。

たぶん九州や西日本在住の方からみればどうってことないレベルだろう。

防風林のある僕の畑に影響は少なく、ネギがへし折れたのと終わりかけのインゲンや夏野菜が支柱ごと倒れたぐらいだった。だが近隣のリンゴ畑では相当の落果があったそうだ。

 

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・・・

その後爽やかな秋晴れが2日・・・

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 浅間山初冠雪 

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”神の白菜”収穫迫る!

 

そしてまた雨が来る前にサトイモサツマイモを掘ってしまいたかったのだがいろいろあってようやく昨日、やはり雨の中の収穫作業になってしまった。

だけどテンションはあがる。草に埋もれた中を数株掘っただけで、早くも例年の総量に近い収穫になった。

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サツマイモの栽培は難しくない。

草取りを良いタイミングでできるかどうかだけだと聞いたことがあるが確かにそんな感じ、だが農業14年目で初めての経験である。

いまと思ったときにやれたのは初めてだった。ただ1度きりの草取りをちょうどたまたま数年ぶりに畑に来てくれた友人と一緒にやった。大助かりだった。

 

縁、運、タイミング、で物事は動く。

人間の力が及ばないところが人生の大部分かもしれない、とこの頃よく思う・・・。

 

さて、明後日朝は放射冷却により霜の降りる可能性がある。

できるならその前に、この豊作のサツマイモを掘り終えたい。

 

 

 

窓の外にはせっせと吊るした柿が500ほど。あれから7、8割の確率で雨天のためとうとうカビが出始めた。

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天気を読めば仕込むのが早すぎたかもしれないが、スケジュールの都合もあるし柿の実が熟して柔らかくなる前の適期だった。

最善の選択のつもりでも結果については神のみぞ知ることになる。

 

 

”神は概念(god is a concept)”とジョンレノンの歌詞にある。

であるなら僕が持つのは、神が自然、自然が神、というコンセプトである。

 

独特で神とかけ離れたところに構築される人間界にヒトは生き、そこでは安っぽいもの重厚なもの様々なドラマが作られていく。

人間はその舞台の上で演じている。もちろんそこは否定的に捉えるものではないが、決して神には逆らえない。いや、神そのものなのだから・・・。

 

6,7年前に聞いた”循環農法”赤嶺氏の講演「ヒトと人間は違う」!それを認識して人生が変わった・・・という当時は難解に感じた言葉が今とてもしっくり入ってくる。

客観的な人生の変化は知る由もないが、反自然の我だらけの自分という人間が、もっと自然体というベースに近づけたら変わるだろうな、いろんなものが、いや、すべてが、見える世界、感じる宇宙が・・・。 

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2017年10月16日 (月)

間引き菜 干し柿

畑の美味しいもの

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間引き菜

今年は雨が多かったので蒔いた種の発芽に困ることがなかった。

そして間引きに追われることになった。 

なので間引き菜は山のように採れるが、宅配セットなど出荷用に、味噌汁など自家用に、カットして鶏用にと、決して無駄にはしていない。

農家の役得かなと思っている。

市場に出ることはない間引かれた若葉の美味しさに、野菜を買うだけの暮らしでは触れることができない。

調理は簡単・・・沢山の小さな間引き菜が面倒くさいものに思えたこともあったが、実際はそんなことは全くなくて、じゃぶじゃぶ洗う→浅漬けにするか味噌汁に入れる・・・が定番&ベター。

葉の付け根等に多少土が残っていても気にしない。土も栄養。ジャリっていうのは確かに嫌だけどめったにそうはならない。

・・・

畑の不味いもの(このままでは)

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渋柿

いつしか色づいていた。

植えてからもう12年ぐらい経つだろうか。だいぶ収穫できるようになった。

さてと、今日は雨が降り続くようだからせっせと美味しいものづくりに勤しもうと思う。 

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2017年10月14日 (土)

キュウリ終焉 赤甘長

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午前中は冷たい雨、その後も気温は上がらず。

3,4日前のあの暑かった日々が夢のようだ。

あの時には数本のキュウリを収穫して夜はバリバリと味噌漬けて丸かじりをたしか楽しんだ ・・・あれからあっという間に枯れ果て終焉。

この季節の畑は一雨ごとに大きく移ろう。 

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熟した赤い実が増えてきた伏見甘長。

赤甘長は絶品。ジューシーでコクがある甘味というか。

畑は美味しいもの、切れ目ないな。

 

2017年10月13日 (金)

個別対応

 

激しい雨ですが、出荷作業で追われる金曜日です。

個人宅配数件と飲食店。

個人宅配の件数は多くはなく、これはコントロールしている面もあります。

個人宅配ということですから、なるべく各々の事情に合った個別の対応をと考えていますので。

ジャガイモが大好きな方へ、毎回たくさん詰めてあげたい。

反対に糖尿病治療中という方、イモ類かぼちゃ厳禁!。

大豆化してきた”こうじいらず”の枝豆を こうなってからがまたうまいんだとご所望される方、ナツメと小ジャガイモに目がない方、ガの幼虫が入っていようが構わないので・・と黒もちトウモロコシを最後の一本まで欲しがってくださる方、1本でいいからオクラが食べたい方、1個でも卵が食べたい方・・・

ありがとうございます。

希望要望言っていただくことは嬉しいです。

更に更にお申し付けください。

できる限りご期待に添えるように、そこに+αも添えることができたら、と思っています。

 

さて、日没が早くなりましたので、気を引き締めていきたいと思います。

2017年10月12日 (木)

憧れ

  

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神ってると感じる。

あたりまえのような

自然と一体の姿が眩しい。

2017年10月 5日 (木)

神の白菜 経過

 

しばらくぶりで覗いてみた。

なんとなく”神の領域”と思ってしまうので、足がそっちに向かなかった。

さてさてどんな様子かな、白菜区画入場・・・

 

Nec_0343 おっ、いいな

 

Nec_0349_2 いいねぇ 虫食いもほとんどない!

ん・・・おやっ

 

Nec_0345 神バッタの洗礼か・・・

 

Nec_0346 神青虫だ

 

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うーん

 

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ちっさ! 

一度食われて消えかけてから再び芽を出したからだろう。苗として植えた時より小さいものがいくつかあった。

草に先を越されているので、優位性を取り返せるように周りの草を退ける。いわゆる栽培管理。これで条件を満たせず”神の白菜”候補からは離脱。

 

でも神は神だ。売り物としての”神の白菜”にはならないが、そしてタイミング的に巻かずに終わってしまうだろうが、どんなものでも無駄にしない。喜んで食べてくれる鶏を思い浮かべれば。

 

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さあ、収穫まで2週間といったっところか。

不耕起、無農薬、無施肥、放任栽培という10年連作のスペシャル白菜。

・・・

まあざっと売り物としての”神の白菜”候補は全体の6割ぐらい。

巻かないものは自家用鶏用として、その他庶民系虫食い白菜がそれなりにありそれも出荷にまわる。

あえて、とかじゃないが、見落とした虫が皆さんのお宅に届くかもしれない。

それを好んで食べる人はいないでしょう。

でも、もし食べちゃっても大丈夫なので。

神虫なので。

良質のたんぱく質と思って。

神経質にならないで。

 

 

 

2017年10月 2日 (月)

秋雨

 

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2017年10月 1日 (日)

秋晴れ

 

 

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2017年9月29日 (金)

完全復活 秋晴れ

 

ちゃんと治ってくれるんだね。l

およそ2か月ぶりにこの日が来た。

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枯れ色の草が多くなり小松菜の緑が映える。

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空は群青色のよう。

ナツメが色づいてきた。

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